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Triple travel
2002年10月 トルコ パムッカレ・エフェス

3日目 曇り/晴れ

Istanbul - Denizli - Pamukkale - Denizli

今日は8時半の飛行機でデニズリに向かうので、ホテルを早く出なければなりません。朝食は空港かなぁ。と思っていたのですが、 このホテルは5時半(朝イチのお祈りの時間)から朝食をやっているので、普通に食べることが出来ました。ところが、いざ空港行きの シャトルバスに乗ろうとすると、「予約しているか?」と聞かれます。予約いるなんてこと聞いてないよぉ。どうもバスは一杯 だったらしいのですが、寝坊した人が出たため、私たちも乗ることが出来ました。こういったホテルのバスに限らず、ほとんどの バスが時間どうりにでます。(客が一杯になるまで待つタイプもある)5分と遅れないといった感じ。トルコの人たちって結構 時間に正確です。

空港では、まず建物に入る際に金属探知機のチェックがあります。余裕でチェックインしてバスでターミナルから飛行機に向かい、 さぁ飛行機に乗ろうとしてると、これから積むであろう我々の荷物の前で呼び止められ、「あなたの荷物はどれ?」と聞かれます。 そこでお客さんが確認した荷物だけ詰め込まれるようです。トルコの国内線ではほとんどこれをやってますから、「荷物をチェックイン しちゃえば多少遅れても飛行機は飛ばないよ。」という一般常識は通用しないでしょう。お客さんが遅れたら、その人の荷物を積まない で飛んじゃうと思います。あちこちでの警備状態からするとこれもテロ対策だとは思いますが。

機内ではサンドイッチと飲みものがでます。そのころには地上から緑が消え、荒涼とした感じになっています。が、畑のように 仕切られてるようにも見え、何かの収穫後かなぁ?といった感じでもあります。
地上に降りると、まわりに何も有りません。ターミナルビルすら見えず、「あれ、バスに乗ってターミナルに行くのかな?」と 思ってたら、そうではなく、ビルが小さすぎて飛行機の陰になってて見えなかっただけでした。狭いターンテーブルから荷物を 取り出して、外に出ると、大型バス1台,マイクロバス1台にタクシーが2,3台いるだけ。たぶん大型バスがデニズリに行くやつ だろうとそっちに向かうと、マイクロバスの運転手らしき人が「パムッカレ?カラハユット?」と声をかけてきます。 「デニズリに行くんだよ。」とだけ言うとあっさり引き下がったので、予約しているお客を探していただけかもしれません。 そっちには日本人が6人くらい乗って出発したみたいです。
さて、我々は普通の貸しきりバスと言った風情のバスでデニズリへと向かいます。チケットを見るとトルコ航空手配のバスのようです。 途中の道は農村地帯といった感じで、綿花やとうもろこし,ブドウ畑などが続いて、少ないながらも人家も途切れません。建築中の 家も結構有ります。不思議なことに実際人が働いている現場は1つもありませんでしたが。

Traverten
パムッカレ・石灰棚

もっとこう、なんにもない風景を期待していたのですが、山の上のほうでもない限り畑になっています。トルコの農業生産力は バカに出来ないといった感じです。途中小さな街で客を下ろしたりしつつ、1時間半でデニズリの街に入ります。思ったよりでかい街。 「バスがオトガル(バスターミナルのこと)まで行ってくれなかったら大変だなぁ。」と思っていると、街中で停まってしまって、 荷物を下ろし始めています。「あぁ、仕方ない。タクシーで行くか。」と思いながらも、他に2人降りない人いるし、知らん振り してたら、バスの運転手が「降りてこい。」と言った感じで手招きしています。降りてみると、「荷物はどれだ?」と言われ、 自分の荷物を取った後に、「オトガルに行きたいんだけど。」と言ってみました。どうやら「乗ってていい。」と言った感じだったので、 引き続き乗ってみます。ふと外を見ると、タクシーが2,3台とまってるし、トルコ航空のオフィスがあるようなので、本来はここが 終点なのかもしれません。さて、金髪のねーちゃん2人と我々を乗せたバスは狭い道をどうにかオトガル横へ到着。バスの運転手は ねーちゃんたちの荷物を持ってあげて、まさに今出て行こうとしていたバスを止めて乗せてあげていました。親切だねぇ。 でも我々はほったらかしかよ。

Traverten
パムッカレ・石灰棚

とはいえ、オトガルまで無事来れたのですから、文句は有りません。オトガルの裏側に今日泊る Otel Laodikya も見つかりました。 オトガルの中を、スーツケースを引っ張って歩いていても客引きから声がかからないのはどうしてだろう?と思いながらまずホテルへ チェックイン。一休みしてパムッカレ行きのバスを探します。あまりあてなく歩いてると、車体に"Karahayit Pamukkale" と書かれて いるバスの脇で「パムッカレカレカレ,パムッカレ,パムッカレ。」と大声で客引きをしている人がいます。興味ありそうにしてると やはり判るんでしょうか、その仲間らしい人に「パムッカレならこれだ。」と言われ「ヒエラポリスに行く?いくら?」と聞くと、 「行くよ。100万リラだ。」ということで、バスに乗って出発を待ちます。ところが、まだ誰も乗ってない。このバスは客が一杯に なって出発するタイプだったので、出発まで30分くらい待ちました。バスは途中ガソリンスタンドで燃料を入れたりして、満員の バスにさらに人を押し込みつつ走ります。街を出たあたりで料金係の人が回ってきます。そうしてしばらくすると遠くに白いものが 見えてきました。「あぁ、あれがたぶん石灰棚だよ。」と話しながら、しばらくすると、石灰棚の下でバスが止まりました。私たちの すぐ前に座っていた人が「トラベルテン。」と言ったので、「じゃあ、ここで降りるか。」と思って降りようとしたら、 呼び止められます。バスの料金係の人にはさっきヒエラポリスと言っていたので、どうやら料金係の人が気づいて「まだ先だ。」と 言ってくれたみたいです。そこからバスはカラハユットの街に向かいます。さっき声をかけてくれた人が「この後にヒエラポリスに 行くから。私たちも行くのよ。」と説明してくれました。カラハユットは大ホテルの並ぶ地域と普通に人が暮らしている地域に はっきり分かれているようです。市街地と言うほど大きくは無いのですが、誰がこんなに買うんだ?と思えるほど商店が並んでいます。 観光客相手の店が半分を占めているようですが、でもお客さんの姿は全然見えない。今はシーズンオフなのかなぁ?

Traverten
水を入れてる石灰棚

結局、ヒエラポリスがバスの終点のようです。パムッカレの料金所もバスに乗ったまま料金を払って通過し、デニズリから 1時間近くかかってパムッカレへ到着しました。
なんとなく人が多そうな方へ行くと、石灰棚への入り口でした。靴を脱いで入るようにという注意と共に撮影禁止と書かれて いるような気がしましたが、建造物や美術品でもあるまいに、自然の創造物に対してそんなことをいわれる筋合いは無いので 見えなかったことにします。石灰がしっかりしているところはつるつるして平気なのですが、はげているところは結構痛い。 足裏を鍛えてきたほうがいいなぁ。石灰棚のふちに溝があって温泉が流れているのでそこに足をつけている人が大勢いるし、 水着になって水がたまっている石灰棚に浸かっている人もいます。日がさすと、白い石灰棚が実にまぶしい。

Hierapolis
ヒエラポリス・円形劇場跡

我々も足だけ入浴して、ヒエラポリスへと向かいます。温泉プールもあるようなのですが、子供がまだ本調子じゃないので やめときます。こっち側は遺跡を修復中といった感じで、悪く言えば瓦礫が修復を待って並べられているという感じです。それが 子供が登るのに手ごろな大きさなので止めさせるのが大変。そんな中、円形劇場はもともと壊れてないのか修復が進んでいるのか 威容を誇っています。声の響きも良くて、おぉ、さすが劇場だなぁ。と感じさせます。上からの眺めもなかなかいい。 遺跡の修復が完成したら壮観でしょう。

Hierapolis
ヒエラポリス・修復を待つ遺跡 (上下逆に置いてあった)

帰りも来た時に乗った会社のバスでデニズリへと向かいます。一旦カラハユットの街でお客を詰め込んで一杯にしてからデニズリ 方面へ。隣に座っていた女性2人がやたら息子をかまってくれました。
オトガルに着いて、今度は明日のバスの手配。やっぱり客引きは寄ってこず、オトガルの中を行ったり来たりして、イズミル方面行きの 会社のオフィスを見つけました。ここのオトガルは商店ばっかりで、バス会社の事務所は実に目立たないところにあるのです。さて 一番手前に有ったカウンターへ言って、「セルチュク。」(エフェスの入り口の街)と言ってみると、「あるよ。」と返事が 返ってきます。「明日の朝9時にある?」「11時しかない。」「じゃ。」ということで次をあたろうとしたら、「他に行っても 11時しかない。」と5分でばれる嘘をついたりするので、やっぱり本気で信用は出来ません。3軒目で9時発のを見つけて、2人分 (子供は抱っこする)のチケットを買いました。ところがチケットに書いてある事がさっぱりわかりません。全部説明してもらって (説明を聞くと、なんて書いてあるか読める)ようやく納得してオフィスを後にしました。

昼飯をほとんど食べてなかったので、オトガルでドネルをユフカ(クレープみたい)で包んだものを買ってホテルで食べました。 今日のは羊肉っぽいけど、香ばしくてうまい。羊臭さを上手に消してあります。
それからホテルで洗濯し、暗くなってきてたら、また腹が減ってきたのでオトガルの食堂へ。カウンターで料理を指差して注文できた ので楽だったし、店のオヤジも少しは英語をしゃべります。ヨーグルト飲料の「アイラン」も頼んでみます。甘くなくて塩味ですので、 プレーンヨーグルトが食べられない人にはちょっとつらいかも知れません。

4日目 晴れ

Denizli - Serçuk - Efes - Serçuk - Izmir - Istanbul

朝7時に起きてみると、もう団体さんが出発しています。朝食に行ってみると、ひっそりとしてもう終わりと言った風情でした。 バスの時間にあわせてオトガルへ行くと、今出ようとしてるバスの客引きが結構いる。私も声をかけられたのですが、チケットを 見せると、「あぁ、それならこっちだ。」と私の乗るバスを教えてくれ、バス会社のにーちゃんに我々の荷物を積むよう言ってくれます。
このバスは時間どうりに出発。出るとすぐ、コロンヤと言う匂いつきアルコールをぼたぼた両手に振りかけてくれます。他の人が どうしてるか観察すると、まず両手をこすり合わせて、それから顔などにつけているようだったので、私も真似します。そのあと、 ミネラルウォーターを一杯づつ。長距離バスでも、ミニバスのように途中でお客を拾いつつ走ります。外は相変わらず畑が続いていて、 農作業をしている人もちらほら見えます。

2時間走ってAydin のオトガルに停まります。休憩かな?と思ったのですが、座ったままの人が多いし、バスの外に行った人も おやつを買ってすぐ帰ってくるといった感じ。案の定バス会社のにーちゃんの買い物が終わったら出発でした。このバスはイズミル までの4時間トイレ休憩無しのようです。道沿いの商店を眺めていると、ビールを売ってる店も結構あるようです。Efes というトルコの ブランドと Tuborg というデンマークのビールが大半を占めてます。

Efes Örenteri 円形劇場
エフェスの円形劇場

「セルチュクについたよ。」と声をかけられ道端で下ろされます。日本人女性のバックパッカーも一緒。いつの間に乗ってたんだろう? バスの車掌にオトガルの場所を聞くと、彼女が「あっちみたいですよ。」と進行方向をさしてくれたので、ついていきます。ここで 降りたらエフェスに行くくらいしか用は無いもんね。オトガルの手前にペンションの客引きはいたのですが、それ以外はどうってこと ない。まずイズミル行きのバスを確保しようと、「イズミル。」と声をかけてきた客引きに「エアポート。」と言うと、「あぁ、 じゃあこっちだ。」と空港方面行きのバスの事務所に連れて行ってくれます。「7時の飛行機に乗るんだけど、何時のバスに乗れば いいの?」ということを聞き出すのに一苦労。英語がわかるにーちゃんを呼んできてくれて、説明してもらいます。5時前のに乗る事に してチケットを買い、荷物も預けて次はエフェス行きのバスを探します。すぐ見つかりました。ここはこっちが必要としてる程度に 客引きが声をかけてくれて便利でした。乗るバスを見るとガラガラ。どうせすぐには出発しないだろうとタカをくくってケバブサンドを 食べていたら、半分も食べないうちに「バスが出るぞ。」と声をかけられ、慌てて乗り込みます。

ケルルス図書館
ケルスス図書館

「地球の歩き方」に書いてあるとうり、我々はエフェスへの分岐点でバスを降ろされます。エフェスに向かって歩いてると、タクシーが 止まって「マリアハウスまでは10Kmあるぞ。」と声をかけてきますが、「マリアハウスには行かないよ」と答えて歩きます。さて、 「地球の歩き方」には徒歩10分と書かれていますが、チケット売り場までは20分はみたほうがいいでしょう。結構遠いです。 チケット売り場前はおみやげ物やが一杯。日本語や韓国語で声をかけてきます。

ハドリアヌス神殿
ハドリアヌス神殿

まだまだ修復中のところも多いのですが、残されている建物は見事。上流階級の住居跡は改修工事中で屋根がかけられており、 見ることが出来ませんでした。ここは世界遺産申請中らしいので、指定目指して工事中なのかも。円形劇場の保存状態はパムッカレの 方が良かったと思います。有名な娼館の広告はマーブル通りの右端(東側)に簡単な枠に囲まれてあります。絵の解釈のうち、 長方形の図形をお金とする解釈には私は疑問があります。そんなに昔から紙幣が有ったの?無かったと思うよ。

マーブル通りの石畳
これがその娼館の広告(といわれている絵)
クレテス通りのモザイク画
クレテス通りのモザイク画

これだけの建物が残っているのですから、それなりに住んでる人も多かったはずですが、一般民衆の住居跡らしいものは 見当たりません。もうどうしようもないくらい壊れてしまったのか、このエリアは特別なエリアで一般民衆は別のところに住んでたのか。 ここが賑わっていたときはどんな感じだったのかなぁ?

トラヤヌスの泉
トラヤヌスの泉
クレテス通り
クレテス通りを見下ろす

遺跡を後にし、次は7人の眠れる男の教会に行こうと思ってたら、馬車の客引きが声をかけてきました。彼らはこの教会を Seven Sleepers と呼んでいました。教会に寄ってからセルチュクのオトガルまで1500万トルコリラらしい。8月に ノイシュバンシュタインで乗りそこなったし、いいか。ということで、馬車で向かいます。のんびり歩くのかと思ってたら結構速い。 そんな速く走らせて馬は大丈夫か?と思わせられます。教会までは結構遠かった。「歩いてこなくて良かった。」と思いつつ教会へ。 こっちはほんとに廃墟と言った感じ。フェンスで仕切られているのですが、欧米人観光客はフェンスの穴をくぐって中に入ってます。

Yedi Uyurlar Nekropolü
7人の眠れる男の教会

そっからセルチュクの街中まで連れて行ってもらい、オトガルへと歩いていきます。予約した時間の1時間前ですが、チケットを 見せると、「次のバスに乗っていい。」ということですので、さっさと乗って出発を待ちます。ほぼ満員になって出発。 ミニバスですが、コロンヤはくれました。さて空港が見えてきたなぁ。と思っていたら、空港への分岐のところで、降ろされます。 前に座っていた人が「600メートルくらいでつくよ。」と言ってくれたので歩いたのですが、1Kmはあったと思う。他に歩いてる人 なんか全然いないし。ターミナルに着いてチェックインしようとしたら、「ここは国際線だから国内線ターミナルに行け。」と言われる し。またちょっと歩いてようやく到着。1時間前のバスに乗って来てよかったよ。

イスタンブールの空港には、今日泊る Acropol Hotel の迎えの車が待機していました。おっちゃんがアルバイトでやってると言った感じ。 ホテルにつくと、レセプションのにいちゃんがやたら息子をかまってくれます。でも息子は眠くて不機嫌。ツインを頼んでいたのですが、 「特別にスイートルームだ。」と言われて通された部屋は、確かに広いけどベッドルームとリビングが分けられていないので、これを スイートと呼ぶのは反則だと思う。

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